鶴は千年・亀は萬年 楠の金文字果たして何年 [制作現場写真]
東京西郊の瑞穂町箱根ヶ崎に創業明治五年という漢方薬の老舗がある。
瑞穂といえば20年ほど前に東京・立川から工房を移転した地でもある。その工房のお隣さんが地元の板金屋だったのだが、昨年からこの店舗の看板周りの改装を行っており、仕上げを銅葺きにする仕事を受け持っている。かつての縁でこの店舗の看板として、鶴亀瓢箪と金文字を創ることになった。
さて、金文字にも幾通りあるが、今回の依頼は金箔仕上げの金文字である。金箔といえば漆なのだが、漆には苦い思い出がある。立川に工房があった時分、鍛造した作品の仕上げに生漆を焼き付けたことがあった。当時隣に木工屋の工房があり、拭き漆で仕上げた製品を製作するために生漆を使っていたのだった。鉄の様々な仕上げを模索中だったこともあり、一度生漆を焼き付けてみたいと思っていた僕は、当時制作中だった椅子に焼き付けを試みた。
作品の表面は手ヤスリで入念に仕上げ無塗装の生鉄色の状態に調整した。その後、屋外にてプロパンのバーナーを使ってまんべんなく加熱し、鈍色になるまで焼き色をつける。ややさめて漆がシュッと焼き付くほどの温度の時にむら無く薄く漆を塗る。この作業を3べんほど繰り返したのだが、その際シュッと気化した漆を何回か吸い込んでしまったのだ。
元々かぶれやすい体質で子供の時から山で漆にかぶれたことも何度もあったのだが、蒸気吸引によるかぶれは実に別格であった。初め右脇の下から始まったかぶれは、今いうところの帯状疱疹のように半年かけて体中を螺旋状に移動していった。薬のたぐいは一切効かなかった。沢ガニをすりつぶして塗るといいと教わったが、捕獲できずに終わった。実にかゆい半年だった。
その後、木製の額縁に金箔を貼る仕事をしたことがある。このときは漆を加熱したりしなかったし、前回のこともあったので、相当な注意を払い、かぶれることはなかった。そして今回、またしても金箔を貼る仕事が巡ってきたのである。
制作は友人のスティーブと共に行うことにした。まず、木で文字を切り抜き整形して下地を創るのだが、漆に懸念を抱いていた僕は、樹脂系の塗料で下地を仕上げることを考え、金箔だけ漆で貼ろうと考えた。それで耐水性のある針葉樹合板を使って文字抜きをはじめ、全ての文字を切り抜いて整形をはじめては見たものの、刃物で彫り込むのには、最悪の材料だった。3日ほど彫り込んでは見たものの、やはりコレではものにならないと判断し、無垢材で作り直すことにしたいとスティーブに相談した。
スティーブは手持ちの材料に手頃な楠があるのでそれを使ってはということになり、早速・楠の無垢材で新たに全ての文字を抜き直した。
楠には樟脳の原料となる薬効成分が含まれており、彫るごとに芳香が香る。
しばらくは芳しき彫り物三昧に浸れそうだ。
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