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雨だれに 濡れた鉄肌ぬぐいつつ 旅立つわが子に化粧して泣く   [展 心 徒 然 草]

その壱
窓000.jpg
 ”作品”と一言でいってしまえばそれまでなのだが、特別な思い入れのある作品に対して僕は冷静ではいられなくなる。この窓はそんなものの中でもひときわ思い入れの強い作品だ。
 制作したのはもう15年も前のことだ。東京の西の外れ、神奈川県との都県境近くにある和食レストランの明かり窓として制作依頼を受け、デザイン・制作した。
僕はとにかく真っ平らなものや真っ直ぐなものが大嫌いで、ガラスを嵌めろといわれてもハイそうですかと平らなガラスを入れようとは思えない性分なのだ。当然のことのように、局面のガラスを入れさせてほしいと頼み込んだ。どんな仕事でもこのような制作ができるわけでは決してない。この仕事は奇跡的に条件の整った仕事だった。
デザインを提出して施主と建築家の承諾を受け、意気揚々と制作に取りかかった。
 局面ガラスは鍛造のフレームが仕上がってから、フレームの内側から粘土で原型を取り、整形してから耐火石膏で雌型を起こす。その雌型に8ミリの平板ガラスをカットしたものを乗せて電気炉で加熱してスランピングする。しかもガラスの内側にはあらかじめグルーチップで模様を入れておくというおまけ付きである。
 
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文字で書けばたいしたことはないようだが、この実制作は普通にはまず不可能なことなのだ。おそらく世界的に見てもここまでやる仕事は存在しないと思う。あり得ないことなのだ。そのあり得ないことを勝手にやってしまう自分が、少しでも怖いと思っていれば、僕は普通の人だったかもしれない。
 

正面.jpg

 不可能を可能ならしめるために 僕にできることは、制作工程をなるべく簡素化できるデザインを起こすことだった。これは制作費の節減と制作期間の短縮上絶対条件となる。いわゆるインダス トリアルデザイナーの仕事としては一般化していることだが、日本のクラフトマンの仕事としてはあまり認識されておらず、自分の扱う素材以外について総合的 な知見を有する作り手はとても少ない。これは専門教育の弊害とも思えるが、結果として異素材を縦横に駆使した魅力的な作品に出会うことは非常に稀なことで ある。
 さてこの作品の目玉はボッコリとび出した左右のトンボの目玉だ。ガラスと鉄でこのような造形をしようとするにはいくつか方法がある。一つ は鉄のフレームにあわせてカットしたガラスをはめ込んでゆく方法。これは飛行機のキャノピーなどの構造と同じだ。しかし、この作品のような有機的フォルム に2Dの板ガラスを無理に嵌めていくと、全体の有機的フォルムが確実に崩れてしまう。そこでガラス自体を3D化する必要が(僕には)生じるのだ。平らな板 ガラスを曲面化する方法、それがスランピングだ。さらに平滑なガラス面にテクスチャーを加えるグルーチップである。


チップ2.jpgチップ1.jpg



以 前よりグルーチップには関心があり、いつか使ってみたいと思っていたが、採用したのはこの作品が初めてだった。
ガラスの加工はガラス作家の友人に 紹介してもらった業者に委託した。その工房では膠を塗った板ガラスにブラスターで硅砂を吹き付けてチッピングしていたが、やはり天日干しによるチッピング の方がはるかに美しく自然な模様がつくり出される。ちょっと後悔した。

 ガラスのスランピングは自分の電気炉ではサイズが小さいため、こ の業者の工場で行った。左右のトンボの目玉のようなガラスを一枚物で可能な限り出っ張らせたかった。スランピングというのは、ガラスを加熱して軟化させ、 耐熱性の型の上で自重でたるませて成形する技法だ。温度管理が非常にデリケートな上に、水飴のように軟化したガラスは垂れ下がるときに伸びるため垂直方向 が薄くなる。電気炉のサイズからして最大20㎝が限度だということで、ぎりぎりの20㎝スランピングすることにした。しかも予算的な余裕がないため、なん としても1回で成功させねばならない。リスクを減らすためにはガラスの板厚を9㎜にしないと無理だろうということになった。さらにスランピングしやすい材 質のガラスで9㎜厚のものは色が透明ではなく、薄い緑色がかっていた。この色が後に悲劇の材料になるのではないかとの予感が走った。というのは、ガラスの 色を最終的にオレンジ色に仕上げる予定だったからだ。写真を見ての通り、ガラスの色はオレンジ色ではなくどちらかといえば緑色である。これが決定的に悲劇 の要因となってしまったのだ。

仕上がったガラスにエポキシ系の塗料で着彩してオレンジ色にしようとしたのだが、ガラスが薄緑色だったため発色が悪く、オレンジ色の塗料ではうまくいかなかった。そこで黄色の塗料を吹いてから赤で調整しようとしたが地色の緑がかかってどうしてもオレンジ色にはできなかった。そしてあのときの予感は的中し、完成品を工房に見に来た施主にキャンセルを通告されてしまったのであった。

裏.jpg


 あれから約15年、工房の移設とともに日の目も見ずに眠っていたこの作 品を、ついに手放す決心をしたのは昨年の暮れだった。
4年前に閉鎖した工房の梁にぶら下げてあった作品を昨日自宅へ持ち帰り、小雨降るなか旅支度 の化粧を施していて、思わず涙ぐんでしまった。そして今朝、ついに水戸へと旅立っていったのである。
 

窓1.jpg

 

 

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