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感電楽講座 第一回  感電  [展心感電楽団]

    感電とは読んで字のごとく、電気に感ずることです。今日の常識で感電といえば、電線に触れるとか、雷なんかが頭に浮かぶと思いますが、決してそれだけじゃないんです。感受性という言葉はよく使われますが、感受性とはいったい何が何を感じる性質なのかってことが重要なわけで、ヒビキと呼ばれるエネルギーのヒビキアイこそ感電の真相です。これは何も動電気と呼ばれる電子の直接的な移動に伴う現象はいうに及ばず、いわゆる静電気と呼ばれる勢力。あるいは電磁波と呼ばれる現象全般、波動と呼ばれる現象全般も含まれます。カタカムナではすべてヒビキといいます。ヒビキには2種類あります。進行方向に対して左巻きか右巻きのいずれかになります。この渦巻流はアマノウズメといい、左旋転をヒダリ、右旋転をミキリといいます。。
ヒビキの伝搬はウツシといいます。カムアマの対向発生による偶構造が基本形態になり、環境に発振し始めます。ウツシには簡単な原理があります。ひとつは 同種反発異種親和。つまり、同じものどうしは反発し、違うものどうしは引き合う。カタカムナ的には、サヌキアワノオメタクヒ、といいますが正反対向発生とも言います。これはいわゆる電気のプラスマイナスに当たりますが、この正反の根源に、カムアマという本源ありとしたのがカタカムナです。カムを継承するのがアワ、アマを継承するのがサヌキと呼ばれる正反の電気勢力の元素になりますがカタカムナではまずタカミ・カムミというミがなります、この二つが一つの球殻を形成したものをミクマリといいます。が、まだ電気勢力は発生しません。ここから初めてヒが起きるんです。しかもこのヒは生まれるとすぐフになりミになりヨにでてイになります。つまり、ヒの状態のままのものは存在しません。但し、連続発生することがあるので、断続的にヒがパルス発生することがあり、この状態をヒビキといいます。タカミカムミはおのおの旋転しながら循環します。
  
第二回に続く


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感電楽講座 第二回  イヤシとケガレ [展心感電楽団]

    

 感電楽上最も大切なキーワードがイヤシとケガレです。これはあらゆる生命現象に共通の物理です。しっかり肝に銘じましょう。イヤシとは、イマヤミノシメシといいますが、イマが止んでも示されるといった意味で現象・イマが終了・ヤミになっても存在する示し・シメシということになります。つまりこれがウツシという物理現象で、環境のヒビキが感受性の主体である現象生命体に共振波動を発生することです。対機説法すると、ちゃぶ台の中心に置いたコップの水にストローで流れを作ることと相似象です。このときストローを動かす力に相似するのがヒビキです。ヒビキには右スピンと左スピンがあることは前回紹介しましたので、右か左にかき混ぜましょう。ハイ、ストローを抜き去るとそこには何が残っているでしょうか。これがウツシです。ここで、なーるほど!と納得できる方ばかりじゃないでしょうから補足します。たとえば、そのコップの水を同じストローで、今度はメチャクチャにかき混ぜてみましょう。ハイ、ストローを抜き去るとそこに残っているのは何でしょうか。これがケガレの正体です。環境から波及したヒビキは衝突しあって打ち消されていきます。
 さて、イヤシもケガレも怒濤渦巻く人間社会ですから、しっかり見分けなければいけません。そこで登場するのが感受性を司る生存本能・カンです。えっつ?カン?と思ったあなた、カンというのは何も人間様だけが持っている機能じゃないんですよーー。これは現象球最小単位のタカミ・という単位に備わっている機能なんです。タカミとはタ・分極独立した、カ・感じる、ミ・実体ということです。つまり感受性を持った最小単位の生命体のことです。ありとあらゆる物質が、このカンによって生存を全うしています。
 さて、イヤシの実際を考えてみましょう。いやされると言えば何が連想されるでしょう。美術芸術にはイヤシの効果があるモノもありますが、けがれるモノもあります。食べ物はわかりやすいですね、自分がほんとうにおいしいと感じるモノはイヤシの効果があります。音はどうでしょう、気に入った音楽や好きな歌い手の歌声、風や波の音など、たくさんありますね。温泉なんかもいいですねー。あげればきりがありませんが、実はこれら全てがヒビキとしてカンじられるものなんです。つまり、ヒビキを感じてココチヨイかどうかということが基準になります。ココチヨイとは、あまりにもあたりまえで簡単なことです。ココチヨサはカンの機能によって自動的に直観されます。このときに言葉で意味を考えないでください。我々の体は天体や宇宙と比べればもちろん小さいですが、感受性を持った物質の単位で言うと相当大きな集合体です。細胞一個一個のなかにさえ独立した感受性も持った物質が存在しているんです。判断はミに任せます。ただしとても大切なことがあります。ミとは何かです。ミはいわゆる身のことではありません。実体化した現象には全てミがあります。素粒子単位でのことですがこのミの総体をミシロといいます。つまり我々の体で言うと、ひとつひとつの細胞を構成している分子原子のなかにミがあるということです。もっと言うと、何も動植物に限ったことではないと言うことです。石とか鉄とか、そんなヒトたちにもミシロはあります。思わずヒトといってしまいましたが、ヒトって言うのはヒ・現象のト・統合という意味で、人のことだけを指すヒビキではありません。話がそれましたが、とにかくミに任せるということが、観念思考を優先させる癖のある脳みそにとっては難しいということが問題なんです。
つづく


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