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霊性と理性の文明 カタカムナ [カタカムナ最前線]

霊性と理性の文明  カタカムナ



 



魂魄の内実を解く鍵



カタカムナ  天下統一の 霊理



ヒトとモノを活かす スベ



レヒとレイを知らずして霊を語るなかれ



 



霊性と理性の狭間で揺れ動く小舟、人間



今、人間社会は地球規模での浄霊を必要としている。



霊性は清められ 理性は高められる



キツキの霊性ワレとミタメの理性ワカミによって人間となる



ミタメよければイキがよい



キはハリ・ツケるもの  ミはタマるもの



キづかいとミのこなし



ヒロマの設え  ミコシ



トリヰとヤシロ



ワのサマザマなるサ こそワザなり  今こそ政治に芸術を




イマイマニ  ココロヲカンジテイノチシル

ミシル ココロ二 ワレラヨロコビ

 



地球世界の平和を考える上では 、現代人間社会のシステムが、霊性に無関心であるということが一番の問題と考えるべきである。



現代人類文明に欠如している最も重要な要素といえば、人間社会システムの霊的安定をおいて他にない。



社会の霊的安定とはいかなることなのか。この問い
に答える素養は、未だかつて人類が身につけたことのないものであろう。動物次元の無我状態から現世人類への変化によって、原始統一理性から乖離し始めた人
間社会は、霊的直感力を失い、旧来の宗教と自然科学信仰を生み出して今日の無秩序大量消費社会に至った。



 



現代社会の自然科学信仰は、証明不可能な霊性については明確な回答を持ち得ない宿命にあり、社会システムの要件から霊的要素ははずされていった。政教分離は自然科学信仰による既存宗教の排除によって成立している。



霊性とは何かに答ふるに、人類は宗教と神秘思想をもっぱらに用いてきたわけだが、既存の宗教や神秘思想が現代の地球規模の平和安定に貢献できる余地は多くはないだろう。



 



そもそも異宗教間で諍いが起こること自体、現代宗教の平和への寄与の限界を証明している。言い方を変えれば、それは宗教と科学の妥協しがたき不仲であるともいえる。



霊性の根本には、物質的宇宙自体の始まりに根ざした、唯一共通の理性の存在を認めざるを得ないわけで、いわゆる各々の宗教で教えが異なるということ自体誤解といわねばならない。



さらに人類に限っていえば、脳髄の観念使用の偏重による自我と呼ばれる霊的誤解が、あらゆる不都合の源となっており、地球世界の霊的安定にとっての最大の脅威だといえる。



 



 



さて、カタカムナでいうところの霊性とはなにか。



それはヒビキだといっている。ヒビキとは何か。



ヒビキはヒによってヒキ出される力の全てをいう。



ヒビキには科学信仰にみる波動・電磁波と呼ばれる成分のすべてと、あらゆる神秘主義における霊的存在のすべてがふくまれる。これを総称して霊とするのが妥当と思われる。


形あるものはすべてヒビキを発している。これは元をたどればすべて宇宙球発生時のフトヒに由来してる。これが万物に宿る霊性の根元である。






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